Mag-log in第百三十三話 もう一人の梅乃
深川の妓女たちの間で噂になっていることがある。
「ねぇ、この前に吉原でさ……」 「見た見た! 瓜二つよね……」
「ねぇ、何の話?」 この噂話に古都が割り込んでくる。
古都は西天楼の遣り手、勢津の娘だ。 まだ歳は十四歳。 本来なら禿なのだが、娘という事もあり妓女や新造にもなっていない。
「吉原に偵察に行ったんだけど、その…… 古都ちゃんに似ている女の子が居たんだ…… その話をしていたんだよ~」
西天楼の妓女が言うと
「私に似た人? それは妓女なの?」
「それが医者みた
第百三十三話 もう一人の梅乃 深川の妓女たちの間で噂になっていることがある。 「ねぇ、この前に吉原でさ……」 「見た見た! 瓜二つよね……」 「ねぇ、何の話?」 この噂話に古都が割り込んでくる。 古都は西天楼の遣り手、勢津の娘だ。 まだ歳は十四歳。 本来なら禿なのだが、娘という事もあり妓女や新造にもなっていない。 「吉原に偵察に行ったんだけど、その…… 古都ちゃんに似ている女の子が居たんだ…… その話をしていたんだよ~」 西天楼の妓女が言うと 「私に似た人? それは妓女なの?」 「それが医者みたいでさ~ 奥にある長屋で診療所をやっているんだ」 妓女たちの言葉を聞き、古都はニコッとする。 「私に似た人か…… それは興味あるな~」 吉原では、いつもの朝がやってくる。 若い衆の片山や禿の三人が掃き掃除をし、妓女たちは着物を出して準備をしていた。 「よし、掃除が終わったから梅乃を呼んできて」 片山が言うと、一花たち三人が走って長屋まで呼びにいく。 梅乃は朝早くから診療所に行き、薬の用意や診療の準備をしていた。「梅乃姐さん、ご飯ですよ~」 禿の三枝が大声を出す。 三枝は身体が小さく、活発なところが梅乃に似ていた。
第百三十二話 廓《くるわ》 “カンカンッ カンカンッ ” 長屋に金づちの音が響く。 「いよいよ完成だな…… 頼んだぞ」 岡田が梅乃の頭を撫でる。 「先生、ありがとうございます…… この恩をどう返していけば良いか悩み中です」 梅乃が照れたように話すと 「もう十分に返してもらっているよ。 お前が医者になってくれた事だけで、俺は満足だよ」 岡田はニコニコしている。 師弟関係を持てたということだけで嬉しかったのだ。 「それに、赤岩先生に報告できた事が大きい。 二人で報告できて良かったよ」 「はい…… 私は二人の師に育てられましたから……」 「どうだ? これでいいか?」 大工が梅乃を呼ぶと 「はい、嬉しいです。 ありがとうございます。 あの…… 三原屋でお茶でも飲んでいってくださいね」 梅乃が頭を下げる。 この日、ついに梅乃の診療所が完成した。 『吉原診療所』である。 三原屋に住み着き、医者として活躍した赤岩や岡田。 その三代目となる梅乃が初めて個人で診療所を作ったのだ。 とは言っても、三原屋の倉庫を借りての開業となる。 この完成の瞬間、多くの人が診療所に駆けつけていた。 「おめでとう!」 拍手と歓声の中、梅乃は何度も頭を下げている。 「最初の患者はお婆から……」 梅乃は采の手を引き
第百三十一話 西天楼 明治十一年 二月。 世界では画期的な出来事があった。 エジソンが発明した蓄音機がニューヨークで世界最初の特許権を獲得し、 文明が一段と進歩したのである。 「よろしくお願いいたします……」 東郷が頭を下げると 「じゃ、頼んだよ。 先生……」 キセルを吹かせ、微笑んでいる女性がいる。 その女性は西天楼の遣り手の勢津だ。 西天楼は深川の大見世で、三原屋と同じく大見世の筆頭であった。 「これで吉原の客も深川に向くだろうね。 はっは…… 楽しみだね~」 勢津はキセルを吹かせながら笑っている。 「お婆…… どうして吉原が嫌いなの? わざわざ吉原で妓楼まで買収するなんて」 「おだまり…… これは深川の西天楼が日本一になる為にやっているんだ。 お前は看板娘としていればいいんだよ……」 勢津はニヤッと笑う。 話していたのは勢津の娘であり、看板娘として側近をしている古都である。 大部屋に行くと 「古都ちゃん…… 吉原に行っても警戒されているよ。 花菱楼だって摘発されたしさ……」 妓女たち数人が古都を囲む。 「すみません姐さん…… お婆が言うものですから……」 「そうだけんどさ…… 周りの見世も吉原にちょっかい掛けて花魁に叩かれたじゃないか…… それに、あの看板……」 妓女が説明すると、古都がキョトンとして 「あの看板……?」 「そうだよ……『無風流者は馬の糞である』とか書かれているんだよ。 もし、馬のふんでも投げられたら たまったものじゃないよ……」 吉原では梅乃の立てた看板を見て笑う者が出てきている。 吉原の秩序を乱す者には馬の糞でも投げてやろうと息を巻いている客や妓女が増えていっていた。 「そうですか…… どんな者が立てたか見てみたいですね……」 古都がニヤリと笑う。 その頃、吉原では梅乃が長屋の倉庫を改修していた。 「姐さん…… 下で騒がしなりますが気にしないでくださいね。 それと、窓を開けて換気しますから」 梅乃は病気で臥せっている妓女たちの診察をして窓を開ける。 「梅乃、すまないね……」 妓女が弱気になっていると 「何を言っているんですか。 また元気になって働きましょうね」 梅乃が微笑む。 (本当に、小さなお天道様だよ……) 倉庫から荷物を出して、埃だらけ
第 百三十話 ふりむいて 吉原 朝の六時、まだ空は暗かった。 「ま まだ二月ですもんね…… よく眠れましたか?」 東郷は三原屋に泊まっていた。 横でお世話をするのが古峰である。 古峰は指名も少なく、布団を別にして東郷と同じ部屋で眠っていた。 「わっ―っっ」 東郷が大声を上げると古峰が肩をすくめる。 「ど どうされました?」 「なんで俺は…… 酔って眠ってしまったのか……」 東郷が身体を起こすと 「お お手伝いします」 古峰は背中を押して、ゆっくり起こしていく。 「すまない……」 「い いえ…… これくらい」 古峰は恥ずかしそうにしている。 「それで、梅乃ちゃんは……?」 東郷がキョロキョロと部屋を見渡す。 「お お姉ちゃんは往診でございます。 ま まだ病人が心配なんでしょう……」 古峰が茶を淹れ、東郷に渡すと 「梅乃ちゃんこそ、大丈夫なのか? コロリが完全に治った訳じゃないだろうに……」 東郷は心配になり、着替えを探すと 「あ あの…… 洗濯をしていまして、外に干していますが……」 古峰が外を指さす。 「すまない…… それで乾いているかい? 梅乃ちゃんが心配なんだが……」 古峰は片山
第 百二十九話 ラムネ小松屋で感染した妓女たちが徐々に回復していく。 十二名が感染し、二名が亡くなるという結果にはなってしまったが「よかった……」 梅乃が安心していると「うげーっ―」 梅乃の嘔吐がはじまった。「梅乃ちゃん!」 小松崎の大声が響く。 (まさか?) 二階で声を聞いた葉蝉が階段から降りてくると、便所の前でグッタリしている梅乃がいた。「梅乃ちゃん――」 葉蝉が駆け寄ると 「ダメです!」 梅乃は朦朧とした状態で手を広げる。「梅乃ちゃん……」「感染《うつ》りますから……」 梅乃は手を前に出して葉蝉が来ないようにする。小松崎が三原屋に駆け込み「すみません…… 小松屋ですが――」 ドンドンと戸を叩く。「どうされました?」 対応するのは片山である。小松崎が梅乃が感染したことを話すと「なんてこと……」 部屋にいた采にまで話が聞こえてしまった。 小松崎が采の部屋に行き、頭を下げる。 「采さん、すまない…… 梅乃ちゃんが……」 「仕方ないよ。 これも梅乃が自ら医者になった結果だ。 ただ、親としては死なせたくないのが本音だ…… 感染したら外に出ていく訳にもいかないだろうから、少しの間は面倒見てくれないかい?」
第 百二十八話 意地という炎 小夜は翌日の昼近くに三原屋に戻ってきた。 「すみません……私、吉原から出たことがなくて、深川と言われても怖いというか……」 「そんなことないよ…… 大丈夫だから」 「でも、すみません……」 小夜はしきりに謝って花菱楼を出て来たという。 三原屋でも噂になり、表向きは小夜が潜入捜査をしたことになっている。 「小夜、よく花菱楼の悪事を暴いたね。 よくやったよ~」 妓女が小夜の頭を撫でると「へっ?」 小夜の目は点になってしまった。「小夜…… ちょっとおいで」 采が呼ぶと、肩を落として部屋に入っていく。「お婆、すみませんでした……」 「……」 采は黙って小夜を見つめる。「失礼しんす……」 梅乃と勝来が采の部屋に入ってくると「……」 小夜は、より一層、緊張感が高まっていのを感じる。「小夜、私から話していいかな……?」 梅乃が小夜を見ると「うん…… 話して」「前にも言ったけど、私が邪魔なら言ってね」「それで、どうするのよ?」 小夜が顔をあげると
第十話 月下の涙 昼見世の時間、菖蒲は張りから外を眺めていた。 そして、誰かが通れば笑顔を振りまくが苦戦をしている。 「はぁ……」 菖蒲はため息をついていた。 「菖蒲姐さん……」 張り部屋の外から梅乃が声を掛ける。 「なんだい? 今は昼見世の時間。 何の用だい?」 「はい。 コレを持ってきました」 梅乃は、張り部屋の戸を少し開けて紙を中に差し出す。 「んっ? 何これ……ぷっ」 菖蒲が紙を見て吹き出した。 その紙は、梅乃が書いた菖蒲の似顔絵であった。 「なんだい? もう少し、上手に描きなさいな……」 菖蒲は笑っていた。 「へへへ……姐さんの笑顔が見たくて描きました」 梅
第九話 母の声五月、桜の花が全て葉に変わった頃、一人の妓女が吉原から出ていく。長年、三原屋のトップに君臨していた玉芳が身請けされるのだ。「本当に、この時が来るなんてね……」 采が涙ぐみ、話す。「今まで、本当にありがとう……母様《ははさま》」 そう言って、玉芳が采に抱き着いた。三原屋は、とてもファミリー感覚な妓楼である。「父様《ととさま》も、本当にお世話になりました」 ここでも玉芳が文衛門に抱き着いた。一階の大部屋では、祝賀ムードになっていた。妓楼の見世先には大量の花が届き、幕《まく》まで出していた。「おや、梅乃は?」 玉芳がキョロキョロして梅乃を探していた。「こんな
第八話 覚悟の時「えっ? こんな昼間に共ですか?」 梅乃と小夜が驚く。「そう。 勉強をしましょう」 玉芳は、そう言って出かける準備を始めた。そして向かった先は、仲の町にある瓦版《かわらばん》であった。「ごらんなさい。 ここに沢山の記事があるでしょ! ここから文字や出来事を頭に入れなさい」 梅乃と小夜は、瓦版を覗き込んだ。「これは何て書いてあるんですか?」 小夜が玉芳に聞くと、「これは、法度。 禁じられてる事を言うのよ」 玉芳は丁寧《ていねい》に教えていた。そこに鳳仙が現れた。「おや? 玉芳花魁、今日は昼間からどうしました?」「あぁ、鳳仙か……この娘たちの勉強さ。 妓楼
第七話 禿「会いたかった……」 近江屋の禿は、小夜の手を握っていた。「あ、ありがと……私、小夜。 あなたは?」「私、静(しず)。 よろしくね」 笑顔の二人に、梅乃がヒョコッと顔を出す。「小夜~♪ お友達?」「うん。 静って、近江屋の禿なんだって」 小夜は上機嫌であった。内気な性格で、梅乃しか友達が出来なかった小夜が、自力で友達を作ってきたのだ。「良かった♪ 私、梅乃。 よろしくね♪」こうして三人の禿は仲良くなっていった。時間が空いた時は、よく三人で話しをする仲になっていった。「そういえば、この前の妓女の事なんだけど……」 小夜がお歯黒ドブで亡くなっていた妓女の話を切